
※これは2015年にFacebookに投稿した記事をリライトしたものです。
その日僕は、リトルリーグの県大会決勝が行われる野球場に向かって、大急ぎで自転車をこいでいた。
決勝戦は一進一退のまま9回となり、僕のチームの、最後の攻撃を迎えていた。
最終回までに相手は4点、僕のチームは3点を取り、あと2点を取れば逆転優勝。僕が球場に到着した時には、二死満塁(ツーダンフルベース)という場面だった。
この大事な決勝戦に、4番バッターの僕が遅れてきたのには理由がある。僕の妹が、いよいよ生まれてくるのだ。
決勝戦の朝、家で試合の準備をしている時、急にお母さんが大きなお腹を抱えてうずくまった。「お父さん起こしてきて!生まれそうなの!」真剣な顔のお母さんにそう言われて、僕はまだ布団の中にいたお父さんを必死で起こした。
お父さんは苦しそうなお母さんの姿を見て、一気に目が覚めたようだ。急いでしたくをして、車に飛び乗ると、お母さんと一緒に病院へ向かっていった。
誰もいない家でホッと一息ついたその時、僕は決勝戦の事を思い出した。
まずい!試合がもう始まっている!
僕は自転車に飛び乗ると、球場にむけて必死で自転車をこいだ。
そして球場に到着し、僕は息を切らせながらバッターボックスに立った。
二死満塁(ツーダンフルベース)。
逆転優勝がかかった大事な場面。
ヒザがガクガクと震える。
相手のピッチャーがよく見えない。
振りかぶったのがなんとなく分かった。
投げたのも何となく分かった。
と思った次の瞬間、もうボールがキャッチャーのミットに吸い込まれていた。
「ストライ~ク!」
主審の声を聞いた僕は、初めて我に返った。
「ボールをよく見て!」
「思いっきり打て!」
ようやく監督の声が聞こえてきた。
でも僕はまだ、相手のピッチャーがよく見えていなかった。
「ストライ~ク!」
いつの間に投げたのだろう。2球目がキャッチャーのミットに吸い込まれていた。
僕は本当に追い詰められてしまった。
パニックになりかけたその時、ふと生まれてくる僕の妹の顔が目に浮かんだ。
ちっちゃい手で、まだ目が開いてなくて、ほっぺが赤くて。
僕は大きく深呼吸した。
すると今度は、ピッチャーの動きがよく見えた。
まるでスローモーションのように、ゆっくりと投げてくる。
ピッチャーの手を離れたボールは、キャッチャーのミットめがけてゆっくりと飛んでくる。
ボールがミットに吸い込まれるその前に、バットが自然と動いた。
イチローがジャストミートする瞬間の映像のように、ボールがバットに吸い込まれていく。
「カッ!」
軽い衝撃の後、ボールがものすごい勢いで斜め上に飛んでいく。
ピッチャーを飛び越え、セカンドの頭上を高く通過し、ボールはスコアボードを目指して勢いよく飛んでいく。
誰もが息を飲んでボールの行方を見守る。
よく晴れた青空に、生まれたばかりの妹の顔が浮かぶ。
そこに向かってボールは勢いよく飛んでいく。
「行けっ!行けーっ!」
僕は叫んだ。生まれてくる妹に最高のホームランをプレゼントするんだ!
僕は拳を握り、両手を挙げて走り始める。
勢いよく飛んだ、妹に捧げるホームランはやがて、外野手のグローブに勢いよく吸い込まれていった。